






記憶と歴史をテーマに作品制作を続ける、米田知子。
関心対象の入念な調査ののち、歴史上の人物の記憶、あるいは歴史的な記憶が強く残る場所を訪れ、写真にとどめることによってその真実に迫っていく独特の手法は、白黒写真においてもカラー写真においても、今日性を伴った知的な冴えが光る作品群として評価されている。
彼女がこれまでに訪れたのは、ソ連崩壊直前に独立を遂げたエストニア、自身の郷里であり阪神淡路大震災で破滅的な被害を受けた阪神地区、レジスタンスの密かな拠点だったイタリアの工場地区、リヒャルト・ゾルゲとその仲間たちの調書に記された日本各地の密会場所、朝鮮半島を二分する非武装地帯など、目を見張るような場所の数々。
1998年から続く「シーン」シリーズでは、アジアをはじめ、ヨーロッパ、中東を訪れ、目の前に広がる穏やかな景色のなかには現れない、その場所に刻まれた歴史的事実とそこに生きる人々の記憶を作品に結実させてきた。
今展では、「異邦人」や「ペスト」など20世紀を代表する小説を著したアルベール・カミュの軌跡を辿った作品を披露。
1913年、仏領アルジェリアでヨーロッパからの入植者の家系に生まれたカミュは、2つの世界大戦や、フフランスの植民地政策を背景とした移民差別や政治問題、アルジェリア独立戦争など、多くの苦難に翻弄されながら混沌とした時代を生き、暴力に満ちた不条理な世界で我々はどうあるべきかという主題を著作のなかで繰り返し追求した。
米田はカミュの著作や時代背景、彼の生き方を再考することの重大さを感じ、彼が息づき、創造と葛藤の地となった2つの故郷アルジェリアとフランスで、彼が見た世界に自らの眼差しを重ね合わせていく。
本作の制作のきっかけでもある、第二次世界大戦後に発表されたカミュのエッセイ「Neither Victims nor Executioners」には、「犠牲者でもなく処刑者でもない何者かであること」という意思表明が記されており、それから半世紀以上経ち、再び混沌とした状況に陥る今⽇の世界でこそ吟味すべき問いかけだという米田の思いが、この展覧会に込められている。
20世紀の激動の時代に生きた、カミュとの対話がもたらす糧。
「人間の存在と愛」の根本的意味が、現代の写真家の手で、今再び問われている。
Les Presses Du Reel / 56ページ / ソフトカバー / 300 x 210mm /9782840669708/ 2018年